新海誠が新海誠によって新海誠をゼロにした『天気の子』が最高(ネタバレ&感想) | thedeeprivers

新海誠が新海誠によって新海誠をゼロにした『天気の子』が最高(ネタバレ&感想)

トリノス

最初にお伝えしておくとこの記事は新海誠ファンによるものなので、賛否両論ある『天気の子』の感想記事の中でも完全に”賛”側の記事です。

なので”否”側の意見を読みたい方には向かないと思います。

『天気の子』と『君の名は。』の違い

ログラインの違い

ログラインというのはその物語の内容を1~2行程度で簡潔に表した文章です。

『君の名は。』のログライン

まず『君の名は。』

『君の名は。』には、2つのログラインがあります。

詳しくは、『君の名は。』Blu-rayコレクターズエディションの特典ディスク3枚目に収録されている『君の名は。』の物語~現代の物語の役割~ 新海誠監督講演映像をご覧ください

ログライン1.『少年と少女が出会う、ボーイミーツ物語』

ログライン2.『少女が夢の中のお告げに導かれて世界を救う物語』

これが『君の名は。』のログラインです。

東京に住む瀧と遠く離れた糸守に住む三葉、二人の距離と、そして時空を超えた出会いの物語がログライン1

そしてログライン2は、三葉が彗星から街を救うお話。

少年少女の分かりやすく王道なボーイミーツ物語の根底に、(日本の神話や昔話にもよく見られる)夢のお告げを聞いた少女が人々を救うという、こちらもある種王道のヒーロー譚があったことで、『君の名は。』は爆発的な支持を得たのです。

『天気の子』のログライン

では、天気の子のログラインは?考えました。

ログライン1.少年と少女が出会う、ボーイミーツ物語
(東京にやってきた家出少年帆高と不思議な力を持った少女陽菜、2人の出会い)

 

ログライン2.少年は少女と共に生きることを選択し、世界を滅ぼした。

(陽菜を空から救い出すため、東京の天気を変えた)

このようなログラインが言えるのではないでしょうか?

1は同じですね、王道のボーイミーツものです。しかし、2はどうでしょう。

『君の名は。』とは完全に逆ですね。『君の名は。』は、瀧と三葉が世界を救ったヒーローの話しです。

しかし、今作の帆高と陽菜はむしろ世界を滅ぼした側、ゲームで言えば完全に魔王サイドです。

予告でも繰り返し使われた

「あの日僕たちはあの空の上で、世界の形を決定的に変えてしまった」

というセリフ。これがこの物語をそのまま表しています。

帆高と陽菜は世界を滅ぼしたのです。

瀧と三葉は世界を救ったヒーローです。

言い得て妙なツイートがあったので引用させていただきます。まさにその通りで、『』を期待してみにけば、こうなることは明白。

主人公の経済状況の違い

非常にシビアですが、しかし誰が見ても分かるように決定的に対比して描かれていました。

『君の名は。』の二人は裕福

『君の名は。』の瀧と三葉は裕福な家の子でしたね。

特に三つ葉は地元で有名な旧家の家の子なので、彼女が住む家は誰が見ても羨むほどに立派な佇まいでした。

瀧にしても東京のど真ん中、しかもとても見晴らしのいい部屋に住んでいましたね。部屋も十分な大きさがありました。

東京生活に憧れる三葉は入れ替わった瀧の身体で美味しそうなパンケーキを口いっぱいに頬張り、

瀧は高めのレストランでウェイターのアルバイトをこなしていました。憧れの先輩のデートではタワーに上って、きっと割高なランチを食べるのです。

そして決定的なのがこのパンケーキで1ヶ月過ごせるという三つ葉のセリフ、そう言いながらもパンケーキを頬張るシーン。

『天気の子』の二人は貧しい

対して『天気の子』

帆高は身分証明書がないから、そもそもアルバイトにも付けず、ネカフェ生活の日々。どん兵衛をすする毎日。
最終的には3日連続カップスープだけでやり過ごすという、まさに絵に描いたようなどん底の貧困を味わうまでに。

陽菜は、母親を亡くし弟と二人暮らし。まだ小学生の弟のために年齢を偽りアルバイトをこなす毎日。

数千円もするパンケーキに喜ぶどころか、帆高の差し入れの数百円のポテチとチキンラーメンで即席の炒飯を作って、それを二人で分けて食べるのです(とても美味しそうですが)

科の字が住む家は狭く、電車が通るたびにまるで地震が起こったかのように揺れます。

でも笑うのです、陽菜は。そんな状況でも。

『天気の子』の中で、登場人物が外食をするシーンはほとんど描かれていません。

パンケーキを食べることも、先輩とのデートでタワーに登ってランチを食べることもありません。

『天気の子』では、多くのシーンでジャンクフードと手作りの料理を食べるシーンが目立ちます。

ネカフェでどん兵衛をすすり、ビッグマックが今まで食べた晩御飯の中で一番美味しかったといい、ホテルのシーンではカップヌードルや焼きそば、たこ焼きを…

さらに決定的なのは、帆高の月収が3,000円ということです(色々と理由はありますが。)

3,000円。そう、もはやパンケーキとほとんど変わらない額です。

思い出してください。

「俺このパンケーキ代で1ヵ月は暮らせる」という『君の名は。』のセリフを。「お前はいつの時代の人間だよ。」と突っ込まれていましたね。

帆高と陽菜は貧しいのです。圧倒的に。

これは明らかに監督が意図しているもので、『天気の子』で描かれている帆高と陽菜の貧しさは、そのまま現代の若者を表しています。3年前よりも世界は、若者は貧しくなっているのです。

以上が僕が感じた、『君の名は。』と『天気の子』の大きな違いです。

この違いが『君の名は。』から入った、『君の名は。』を期待したライトユーザーには不評なのでしょう。

次は、最も印象に残ったシーンについて感じたことを書いています。

と、その前に、前作以上に素晴らしかったラッドウィンプスについて先に。

素晴らしいRADWIMPS

『天気の子』では前作『君の名は。』に比べて、ラッドがラッドしていると思いました。

『君の名は。』では、良くも悪くも野田洋次郎がその圧倒的な個性を消して作品に尽くしているような印象を受けました。例えば『前前前世』はタイトルこそインパクトがありますが、ラッドらしい楽曲かと言われると全然全然そんなことない。(大好きな曲ですが)

でも今回は違いました。野田洋次郎節前回。

言葉遊びや言葉選びがいちいち野田洋次郎のそれで、ラッドファンにとっては目頭が熱くなりましたね。作品ともシンクロしているし。

今作での『前前前世』の役割を担う『祝祭』。

君じゃないとないよ 意味は一つもないよ
ムキになって「なんでよ?」って聞かないでよ

キリがないが言うよ 君がいい理由を
2020番目からじゃあ言うよ

キリがないが言うよ 君がいい理由を
1番目は君があてて

Source: https://www.lyrical-nonsense.com/lyrics/radwimps/shukusai-movie-edit-feat-toko-miura/

もはやクレジットがなくても野田洋次郎が書いたと一発で分かってしまう言葉の羅列。さらに、“自分ではないだれか”に曲を歌わせることで、野田洋次郎の圧倒的な才能と個性がより強烈に鮮烈に立ち上がるという仕掛け。

どう見ても帆高目線の(つまり男性目線の)歌詞を、女性の三浦透子に歌わせるというニクい演出を忘れてはいけません。

『前前前世』よりもさらに視界がハッキリと開ける高揚感。まさに、雨空から光がさして上昇気流が立ち登って晴れ渡る瞬間を切り取ったようなラッドの新しい名曲です。

そしてなんといっても『愛にできることはまだあるかい』。

この曲はもはやこの映画の登場人物でしょう。

何も持たずに 生まれ堕ちた僕
永遠の隙間で のたうち回ってる

諦めた者と 賢い者だけが
勝者の時代に どこで息を吸う

Source: https://www.lyrical-nonsense.com/lyrics/radwimps/ai-ni-dekiru-koto-wa-mada-aru-kai/

歌いだしの歌詞ですが、3年前であれば、野田洋次郎はこういった歌詞を映画用の楽曲に書くことはきっとしなかったでしょう。

しかし、3年前から時代は確実に変わった。

変わってしまった。

世界はどんどん悪くなってしまう。

まだまだ悪くなる。

それでも、

愛の歌も 歌われ尽くした 数多の映画で 語られ尽くした
そんな荒野に 生まれ落ちた僕、君 それでも

愛にできることはまだあるよ
僕にできることはまだあるよ

Source: https://www.lyrical-nonsense.com/lyrics/radwimps/ai-ni-dekiru-koto-wa-mada-aru-kai/

でも、まだ微かに、でも確かに救いがあることを最後の最後に示してくれるのです。

『天気の子』で心にこびりついたシーン

ラブホテル

件のラブホテルのシーン。

賛否両論ありますが、そもそも、3人はあの場所がラブホテルだということをおそらく知っているはずです。彼らはそこまで子供ではありません。

その証拠に帆高が夏美の胸を覗き込むシーンが2度も描かれています。これは帆高が”そういったことにも興味がある”普通の男子高校生ということを示しています。

このことからも帆高は、ラブホテルがどういった場所かを知っています。

さらに陽菜。“いかがわしい系の仕事”をする直前、帆高(の勘違い)によって助けられましたが、あのとき、彼女は歌舞伎町のホテルに連れ込まれる直前でした。

相手の大人の「話は付いている」という台詞から、陽菜もそこ(ラブホテル)がどういう場所かを知っているはずです。

そして凪、凪は特にそういう描写はありませんがなんとなく知ってそうです。帆高の先輩ですからね。

3人はあの場所がラブホテルだと知りながら、本来一泊28,000円もかかるはずがないと知りながら、割高なジャンクフードを片っ端から買い占めて口いっぱいに頬張り合って、お風呂のライトが綺麗だと喜び、そしてカラオケではしゃぐのです。

「神さま、どうか僕たちをこのままでいさせてください。何も引かず何も出さず、どうかこのままで…」

と、祈るです。

このラブホテルのシーンで描かれている3人は、今の若者そのものだと思いました。

今の10代は、これまでに大人たちが勝手に築き上げ、そして勝手に壊してきた、壊れかけの世界に選択の余地もなく生まれ、そして日々を過ごしています。

「どうやら何かがおかしい」そんなことは当然知っていて知らないふりをして生きています。

あのラブホテルのシーンはまさにそういうシーンで、「普通じゃない。」と知りながらも、それを知らないふりをして無邪気に笑うのです。

そして切実に祈るです。「どうかこのままで。」と。

線路

少年 線路 夏 とくれば名作スタンドバイミーを連想せずにはいられませんが、帆高が線路を走り、陽菜のところに向かうあの名シーンは、規定から抜け出して自分の未来へと走る若者の姿です。

そもそも線路や電車といえば、“運命のメタファー”として作品に登場することが多いです。例えば同じ日本のアニメーション作品であれば『千と千尋の神隠し』など。

『天気の子』で描かれているのは真っ向から運命に逆らう若者です。

帆高は線路内に無断で侵入し、周りから笑われながら自分の足で線路をただただ走るのです。息を切らしながら、好きなあの子に向かって。

10代は人生の治外法権

安井刑事の一言。

「少年(帆高)は、人生を棒に振っている。そうまで会いたい人がいるというのは羨ましい。」

そう。この映画で最も常軌を逸しているのは他でもない主人公の帆高です。

線路を走るというのは文字通り常軌を逸してますよね。

「俺はただもう一度、あの人に会いたいんだ」

若者はいつの時代でも圧倒的にわがままで自分勝手ななのです。

周りの制止を振り切り、向こう見ずで、一つの恋愛にまるで命がかかっているかのように必死で、人生を棒にふるのです。

それは、若者の特権。

10代は人生の治外法権です。

『天気の子』は選択の物語

 

『天気の子』は、選択の物語です。

少年は、少女と世界の秩序を天秤にかけて、少女を選んだ。結果、世界は変わった。少年は、少女は世界を変えてしまった。

人生は選択の連続です。

小さなことから大きなことまで選択することだらけです。

『天気の子』公開2日後にあった参議院議員選挙もまさに選択ですね。正直、個人の一票で国が動くわけがありません。でも大切なのは、“選ぶこと”です。

この映画が好きか嫌いかは観てから選べばいい。

新海誠は新海誠によって新海誠をゼロにした

帆高が陽菜を選んだことで、海に沈んでしまった東京。

この作品のある種の聖域でもあった立花家(瀧の祖母の家)も水に沈んでしまった。

しかし、倍賞美津子演じる立花のおばあちゃんは言います。

「あそこは元々海だった場所」だと。

だから水に沈んで、

「元に戻っただけ」だと。

僕は、このセリフが新開誠監督自身のことを言っているように聞こえました。

『君の名は。』は手に入った想像を超える成功。しかし成功と同じくらい、いや、それ以上の批判と悪意。

新海誠は『天気の子』によってそれをゼロにしたのです。

前作で手に入れた大きすぎる成功。それをゼロにしたのがこの『天気の子』です。

『君の名は。』を求めてやってきた観客は裏切られたような感覚になるでしょう。「こんなのが見たかったんじゃない」と。

しかし、従来の新海誠ファンは歓喜するでしょう。「これが見たかった」と。

元に戻っただけ

新海誠の作品って本来こんな感じです。

思春期丸出しの自意識と自己愛。人間の儚く美しく、そして醜い感情を、圧倒的な映像美に込めて描き出す。

それが、それこそが新海誠ワールドです。