『天気の子』を観て。新海誠ファンのただの個人的な感想(ネタバレあり) | thedeeprivers

『天気の子』を観て。新海誠ファンのただの個人的な感想(ネタバレあり)

急いでこの記事を書いています。できるだけ早く。もっと早く。

『天気の子』を見終わった直後、この気持ち、この感想は僕だけのものです。

誰かのレビューや感想、評価でこの気持ちが上書きされてしまう前に、100パーセント自分の言葉で書きたかった。だから急いで書いています。

全世界最速上映はいけなかったので、全国一斉同時上映2019年7月19日午前9時の回にいきました。

会社休みました。

はじめに言っておくと、僕は評論家でも批評家でも、その道の有識者でもありません。

ただ、新海誠の作品を愛しているだけの一般人です。

だから気の利いた言葉も、それっぽい頭の良い文章も書けません。

ただ、今のこの気持ちを最高純度で残しておきたい、それだけのために書いた、個人的で独りよがりで…

そう、まるで帆高と陽菜のような、そんな記事です。

 

『天気の子』を観て(感想&ネタバレ)

『天気の子』、結論からいうと『最高』でした。

新開誠は期待に応え期待を裏切った

新海誠は多くの人の期待に応え、そして多くの人の期待を裏切った。

どうしてそう思うかというと、前作『君の名は。』の主人公、瀧と三葉と、今作『天気の子』の帆高陽菜の二人がまるで違うからです。

瀧と三葉

三葉たちが暮らす糸守町に彗星が落下して大勢の人が死ぬ。それを阻止すべく、大勢の人を守るべく動いたのが瀧と三葉でした。

いわば二人はヒーロー。誰かの命の恩人です。

帆高と陽菜

それに対して今作の帆高と陽菜。

世界なんかどうでもいいし、どうなってもいい。

ただ、僕は君と一緒にいたい。そのためなら世界なんか知ったこっちゃない。

真逆です 。瀧と三葉、穂高と凪。完全に逆。

前作『君の名は。』があれほどヒットしたのは、瀧と三葉がヒーローだったから。ということが少なからずあると思います。ヒーロー嫌いな人はいませんから。

それを期待して『天気の子』を観た場合、たぶん裏切られたような気持ちになるんだろうなと思います。だって今作の二人は全然ヒーローじゃないから。誰も助けてないしむしろ助けられてばかりです。

「あれ?『君の名は。』を期待していたのに、思ってたのと違う。」そう思う人がいてもおかしくありません。

ただ一言言わせてもらうと、

新海誠が描く男女は、基本的には帆高と陽菜のような人ばかりでしたよ?自分のことしか考えられないような若い男女。

瀧と三葉はむしろ例外。

従来の新開誠作品のファンの期待には応え、『君の名は。』から入ったライトユーザーの期待は裏切った。

『天気の子』を観てそう思いました。

新海誠はプラスをゼロに戻した。“元に戻した”のだと。

向こう見ずで自分勝手は少年の特権

帆高はとにかく向こう見ずでわがままで自分勝手。

自分の身近にいるあらゆる人に迷惑をかけて(終いには東京全土に迷惑をかけて)、

それでもたった一人、ただ一人の女性のために、血を流し、息を切らせて走る少年を一体誰が責められるというのでしょうか。

真セカイ系

1990年代終わりから2000年代初めに作られた、主人公とヒロインの小さな関係性が、やがて世界の危機・この世の終わりの大問題にまで発展する作品群は総じて“セカイ系”と呼ばれますが、『天気の子』は2010年も終わりに差し掛かった、2019年の今だからこそ描かれる“真セカイ系”だと思いました。

巨大メカも、戦闘美少女も宇宙も出てきませんが、

一人の少年の強烈な自意識、彼女と世界を天秤にかけて彼女を選択する、その様はまさにセカイ系だと思いました。

あなた一人と 他全人類どちらか一つ 救うとしたらどっちだろかな? 迷わずYOU!!!!

ます。/RADWIMPS

描かれる四季

これぞ新海誠。

東京の街に降りしきる雨は梅雨を、

異常気象で雪が降る様は冬を。

陽菜が人柱として消えてしまった、その引き換えに晴れたその空模様は夏。

そしてクライマックス、桜が咲き乱れる中で祈る陽菜のもとに帆高が訪れて3年ぶりの再会を果たすシーンは春を。

(秋はありませんが)春・梅雨・夏・冬

『天気の子』では、日本の四季が描かれています。

これまでの新海誠作品を思い返して下さい。季節も重要な登場人物です。

圧倒的な画

新海誠とといえばその美しい画。

監督自ら編集作業を行なっているだけあります。

これほどの大作映画で、このギリギリ感、ありえねぇ。

『天気の子』は全編、どこを切り取っても美しいです。

帆高が始めて東京を見るシーンも、東京が雨に濡れるシーンも、美味しそうな流離を食べるシーンも、ファンタジックな天空のシーンも、カブで東京の街を疾走するシーンも、線路をひたすら走るシーンも…

全てが美しい。

作り手の熱量が伝わる。それだけでどうしようもなく胸が熱くなる。

やっぱりすごいRADWIMPS

二度目のタッグ、新海誠とRADWIMPS。前作『君の名は。』を超えた圧倒的なシンクロ率。

帆高がラストシーンで『僕たちはきっと大丈夫だ』と陽菜の手を握りながら言います。そして迎えるエンドロール、流れるRADWIMPS。

君の「大丈夫」になりたい。「大丈夫」になりたい。

君を「大丈夫」にしたいんじゃない。君にとっての「大丈夫」になりたい。

大丈夫

正直、大丈夫かどうかなんてわかりません。

登場人物全員、決して順風満帆とは言えない。この先の未来は分からない。

でも、帆高は大丈夫だといいます。

野田洋次郎も、大丈夫だといいます。

あとがき

撮り下ろしならぬ書き下ろし。この記事の文章の見直しも推敲もほぼしていません。

とりあえず早く形にしたかったので、自分の中から溢れた言葉をできるだけそのままの形で載せました。

『天気の子』を鑑賞し終えて約1時間半。まだパンフレットも開いていません。小説もCDも。

 

「つまらない」という感想はわかります。

「思ってたのと違う」とか、

「全然泣けなかった」とか、

まぁ分かります。

でもこの作品を目にして果たして何も感じなかったのでしょうか?

カーテンの木漏れ日に照らされて漂う埃、(おそらく安物の)アクリル結晶が光に照らされて乱反射する様子、雨を弾く東京のアスファルト、匂いまで立ち込めてきそうな雨に濡れたての地面、晴れる空、少年の必死さ、少女の刹那的な輝き…

 

「もうこの辺でいいじゃないか」悪魔の囁く真夜中に眠い目をこすって歯を食いしばって、何かを作り出したり何かをやり遂げたことがある方、

誰かたった一人を、悶えながら、のたうち回りながら、身体の細胞全部から気持ちが溢れてしまいそうになる恋をしたことがある方、

そんな方には必ず、心に響くと思います。

 

2019年7月19日12時現在の僕の気持ちが、これです。