『GHOST IN THE SHELL 攻殻機動隊』(押井守監督作)をはじめて観た【感想・あらすじ】 | The Bird's Nest Hair  
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『GHOST IN THE SHELL 攻殻機動隊』(押井守監督作)をはじめて観た【感想・あらすじ】

僕にとっての「食わず嫌い」作品。

それが押井守監督作『GHOST IN THE SHELL 攻殻機動隊』でした。


押井守監督『GHOST IN THE SHELL/ 攻殻機動隊』
(c)1995 士郎正宗/講談社・バンダイビジュアル・MANGA ENTERTAINMENT

『攻殻機動隊』という題名からして、「きっと、メカやロボットバトルものだろう…」そんなイメージを頭の中で勝手に形成していました。

所謂SF作品が嫌いというわけではありませんが、すすんで観ることもないというのが実際のところです。

そんな僕が、本作を観ようと思ったきっかけは、とても単純。

Netflixのおすすめに出てきたから。

僕はNetflixのレコメンド機能を全面的に信頼しています。

僕のことを本当によく理解してくれるセンスの良い友人(アドバイザー)と、言えば言い過ぎでしょうか。

しかし、本作を視聴した後では、そんな僕のレコメンド機能に対する「信頼」は「恐怖」あるいは、「不安」へと一変します。

優れたレコメンド機能は優秀なアドバイザーか、はたまた洗脳者か…

そんな考えが頭を脳裏をよぎる始末です。(あれほど信頼していた友人レコメンドさんを疑ってしまっている)

そう、僕はすっかりと『GHOST IN THE SHELL 攻殻機動隊』の世界にダイブしていたのです。

『GHOST IN THE SHELL 攻殻機動隊』あらすじ

押井守監督『GHOST IN THE SHELL/ 攻殻機動隊』
(c)1995 士郎正宗/講談社・バンダイビジュアル・MANGA ENTERTAINMENT

電脳化やサイボーグの化学技術が飛躍的に発達した近未来。

サイバーテロなどの脅威、犯罪を未然に防ぐ、内務省直属の組織「公安9課」に所属する草薙素子(通称「少佐」)は、一つの任務を引き受ける。

外交官暗殺任務。認定プログラマーの国外亡命を斡旋する、汚職にまみれた闇の政治家の暗殺任務だ。

着用した人物を視覚的に透明にみせるスーツ「光学迷彩スーツ」を駆使して、素子は任務を滞りなく遂行する。

後日、外務大臣の通訳が電脳をハッキングされる事件が発生。

他人の電脳をゴーストハックして、まるで人形のように操る正体不明の天才ハッカー「人形使い(または「彼」)の犯行である可能性が浮上する。

素子、バトー、トグサを初めとする公安9課は、上からの名によりただちに捜査を開始。容疑者たちを逮捕する。

しかし、いずれの人物もすでにゴーストハックされ後であり、肝心の「人形使い」本人の正体を掴むことが一向に出来ず、捜査は難航。

そんな中、(素子たちの義体も作成している)政府御用達の義体メーカー「メガテク・ボディ社」の製造ラインが自動的に稼動し、一体の女性型義体をつくりだす。

義体はひとりでに行動、逃走した後、交通事故に遭い上半身のみの姿になって公安9課に運び込まれる。

詳しく調査をしてみると、機械により生み出された機械の存在である義体の補助電脳に、「ゴースト」らしきものの存在が発見される。

(ゴーストとは、通常、生身の人間にのみ宿る魂や精神・心のような存在の呼称。)

公安9課を訪れた外務省条約審議部(公安6課)の中村部長は、その義体こそが、6課の秘密裏の計画によって「人形使い」のデータが意図的に閉じ込められたものであることを明かす。一方、中村の突然の訪問を怪しんだトグサは、中村が光学迷彩で身を隠した数名を帯同していることを突き止める。

目覚めた義体は、自分自身のことを「人形使い」だと自供する。

「私は、情報の海で発生した。肉体の存在しない生命体である」

さらに、

「いち生命体である私は、政治的亡命を要求する権利がある」

と、主張をしはじめる。

最後に「人形使い」は、自らを「プロジェクト2501」と名乗る。その直後、人形使いの義体は公安9課に襲撃した何者かの手によって拉致されてしまう。

公安9課は直ちに襲撃犯の追跡・捜索を開始。ドグサとバトーは実行犯の追跡を、イシカワは電脳世界にダイブし「プロジェクト2501」の捜査を開始。

そこで明らかになったプロジェクト「2051」の詳細、いや、正体。

「人形使い」は“彼”の主張通り、人に手によって作りされたAIだった。

しかし、事の重大性は「人形使い」を作り出した組織の正体にあった。“彼”を作成した組織は外務省、そう国だった。

元々は外務省の工作によって作成されたAI、「人形使い」。しかし、ある時を境にして“彼”は自我を持ち、人の手では制御不能の存在に陥ってしまった。

これがプロジェクト「2051」の全て。

外務省は自分たちの不正が明るみにでることを避けるために、「人形使い」抹殺を図り、強引な回収にでた。これが今回の事件の真相。

そこで「人形使い」の存在が明らかになる外務省が一年前に始めていたプロジェクト「2501」の存在が明らかになる。元々人形使いは外務省が各種工作のために作成したAIだが、自我を持って制御不能になってしまったため、外務省は強引に回収を図っていたのだ。

海上へ逃れようとする本命を追った素子は、博物館で彼らと対峙することに。

しかし、彼女の前に現れたのは自動思考型多脚戦車だった。

鋼のように硬い装甲は銃弾を寄せ付けず、素子の存在を感知して放たれる砲弾は分厚いコンクリートの柱をいとも簡単に吹き飛ばす。

圧倒的な武力の差に苦戦を強いられる素子。

絶体絶命に見えたそのとき、間一髪で助けに駆け付けたバトーの援護で、彼女は事なきを得る。

義体を確保した素子は「人形使い」の電脳にダイブする。

素子は「人形使い」との会話に成功する。

「人形使い」は以前から素子の存在を知っていて、ある望みを持っていた。

それは、素子と融合すること。

「人形使い」は、素子に自身との融合を提案をするために9課に亡命を図ったのだ。

9課と関わりが深い「メガテク・ボディ社」をハックし義体を作り、交通事故を起こすことで9課に潜入した。

広大なネットを自在に操ることができる「人形使い」が唯一手に入れることができないもの、「死の概念」と「遺伝子の繋がり(子孫を後世に残す方法)」。

「人形使い」は、素子と融合することで、その二つの能力を手に入れた。

そして、素子は広大なネットと一体化し、自分の殻を解き放った存在となった。

素子と「人形使い」が融合を果たした直後、2体の義体は外務省が派遣したヘリコプター部隊に狙撃され、完全に破壊される。

20時間後。

バトーの決死の守りによって脳核の損傷は免れた素子は、バトーのセーフハウスで目覚める。

一連の事件はテロとして処理され、素子は行方不明扱いに、中村を始めとする関係者は査問にかけられることになった。

人形使いと融合を果たした素子は、バトーと永遠の別れを告げ、広大なネットの海へと潜るのだった。

『GHOST IN THE SHELL 攻殻機動隊』感想

押井守監督『GHOST IN THE SHELL/ 攻殻機動隊』
(c)1995 士郎正宗/講談社・バンダイビジュアル・MANGA ENTERTAINMENT

『攻殻機動隊』に、二つの要素を感じました。

それは、外殻(SHELL)と内核(GHOST)の二つの要素です。

この二つの要素が最硬度で融合しているからこそ、『GHOST IN THE SHELL 攻殻機動隊』は、日本を代表するアニメーションとして確固たる地位を築いたのでしょう。

1.外殻(SHELL)の『圧倒的な映像表現』

一つは作品を形作る、映像。外殻(SHELL)です。

重厚的かつ重工的なサイボーグやメカニックの美しさ。

アジア(香港やバンコクの中華街のような)の現実に存在する人々の熱気漂う街並みと、無機質で冷たい近未来の超高層ビル群が立ち並ぶ近未来が融合した架空の都市の景色。

サイボーグが製造される過程、手に汗握る緊迫の銃撃戦、痛快でド派手なカーチェイスシーン、街を歩く数多の人々…

これらすべての映像は、作品を形作る外殻(SHELL)です。

そして、それらすべての映像は、気が遠くなるほどの膨大な描きこみ、手作業の描きこみによって形作られたものだそうです。

作り手側の執念ともいえる膨大な熱量が、作品にありありと焼き付けられていることで、この外殻(SHELL)は、四半世紀が経った今なお朽ちることなく、圧倒的な強度、硬度を保ち続けているのです。

『GHOST IN THE SHELL 攻殻機動隊』の映像には、2010年代では珍しくなってしまった手描きアニメショーンの素晴らしさがあります。

2.内核(GHOST)の『普遍的なメッセージ』

そしてもう一つの要素の内核(GHOST)は、作品がもつてテーマです。

『GHOST IN THE SHELL 攻殻機動隊』がもつテーマとは、人類普遍のものです。

人間を人間たらしめるものは、一体何か

赤い血が流れ躍動する、形ある、外側のこの肉体か

それとも、目には見えずとも確かに感じる、肉体の内にある精神か魂か

実存とはなにか…

命とは何か…

死とは何か…

魂とは、意識とは、記憶とは…一体何なのか…

だれもが一度は考えたことがあるであろう、壮大なテーマ、普遍的な「問い」が、作品全体で常に描かれています。

壮大な「問い」をアニメーションで表現するからこその力強さ、鬼気迫るものがあります。

「はいはい」とは、聞き流せない。作品を観終わった後に誰もが必ず考えてしまう問答無用の問いかけ…。

言うまでもなくこの「問い」を、(観客に)これほどまでに切羽詰まったものにしているのは、外殻(SHELL)の強度があってこそです。

あとがき

押井守監督『GHOST IN THE SHELL/ 攻殻機動隊』
(c)1995 士郎正宗/講談社・バンダイビジュアル・MANGA ENTERTAINMENT

あの「マトリックスシリーズ」や「アバター」にも大きな影響を及ぼしたという押井守監督作品の『GHOST IN THE SHELL 攻殻機動隊』。

驚くべきは、本作が1995年に公開されたという事実です。

今でも色褪せない鮮烈な輝きが確かにあります。

先ほども言いましたが、キャラクターの動き(戦闘シーンや街行く人が歩くシーンなど)や、キャラクターの皮膚が一枚一枚めくれ上がって中身の機械仕掛けがあらわになるシーン、それら機械やサイボーグの描きこみは、すべて手描きで製作されているそうです。

作品を作りだす執念ともいうべき作り手のこだわりを、感じずにはいられません。

押井監督をはじめとする作り手による命を削るほどの熱量が、今なお作品の中に残り続けいているからこそ、『攻殻機動隊』は広大な情報社会の海を泳ぎ続け、そして人々に愛され続けているのでしょう。