菅田将暉のデビューアルバム『PLAY』が名盤過ぎてふるえる。

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2018-03-27

菅田将暉のファーストアルバム『PLAY』はとても強い一貫性を持ったロックアルバムである。1曲目の“さよならエレジー”のイントロから、ラスト“茜色の夕日”が終わる瞬間まで、「こうでなければならない」というメッセージが揺らぐ瞬間はない。全12曲にわたって、「菅田将暉」という人間の生き様がダイレクトに歌われている。強烈にドキュメント的な作品だ。彼の生き様がすべての息遣いから伝わってくるのだ。

無防備で不器用な歌が、時代の空気や才能が花開くきっかけとの出会いによって、「こうでなければならなかった」という必然的な表現に生まれ変わっていく。彼はきっとこれまでもこうやって「菅田将暉」になってきたのだろう。その軌跡が音楽になった本作は、やはり最高のロック・ドキュメントアルバムなのだ。

ROCKIN’ON JAPAN編集長 小栁大輔

菅田将暉『PLAY』は日本ロック史に残る名盤

※この記事は菅田将暉のデビューアルバム『PKAY』をべた褒めするだけの記事です

今、あの位置にいる人がロックを歌うことの意味

配信されていた菅田将暉のデビューアルバムをなんとなく、本当になんとなく効いたんです。ちなみに1曲目の『さよならエレジー』も聴いたのもそのときがはじめてです。『さよならエレジー』を聴いた瞬間、「あ、これヤバいかも」となり、2曲目の『いいんだよ、きっと』でそれは確信に変わりました。気づいたらAmazonで【菅田将暉『PLAY』】を注文していました。

若者の本音を突くような核心的な詞、現代においては逆に革新的な飾り気なしで等身大のサウンド、ジャケ写やタイトル含めアルバム全体がもはや確信犯的…とにかくすべてがロック好きのぼくにはドツボでした。

菅田将暉といえば現代日本の若者の代表者であり代弁者。その活躍を挙げれば枚挙に暇がありません。
今、日本一有名な若者がロックを歌うことに意味がある。

菅田さんがロック好きだというのは有名な話だし、デビュー曲『見たこともない景色』でもギターを掻き鳴らす菅田さんの姿が印象的でしたが、まさかデビューアルバムまるまる1枚通してここまでロック、フォーク色の濃い作品になるとは思っていませんでした。

流行りの四つ打ちロックや所謂カッコいい系ロックではなくて、昭和から脈々と受け継がれてきた、今の時代においては古臭くも感じる古典的なロックやフォークソングのフォーマット、そして、どこまでいっても菅田将暉でしかない一個人としての詞、そんな楽曲たちで固められているところにグッときます。

ここ数年、というかかれこれ10年くらい全世界的に下火だと言われ続けているロック。かつてロックが、ロックスターが担っていた役割は今はヒップホップやR&Bが引き受けている格好です。(それは別に仕方ないけれど、ロック好きとしては寂しいですよね)
ロックは誕生以来、10年、15年周期で爆発的な煌めきを宿してきました。2000年代初頭のロックン・ロールリヴァイヴァル、2006年のアークティックモンキーズのデビューから丁度そのくらいの時間が経った2018年。

菅田将暉の新作を聴いていると、もしかしてロックの輝きはここ日本から再び世界中に広まるのかもしれない。そんな気になりました。ロック好きをそんな気にさせてしまうほどこの作品は傑作です。

やっぱり若者×ロックは合う

やっぱり、いつの時代も若者の苛立ちとか焦りとか、そんなザラついた感情とロックはちゃんと噛み合うんですよね。ドキュメント的な生々しさが宿るというか。

10代、20代の若者はもちろん、かつてロック少年で今の若者の音楽にはついていけないとお思いの30代以上の方にも、この作品は沁みるはずです。