【ネタバレ&感想】映画『溺れるナイフ』幸せの絶頂のような笑顔と、死の瀬戸際のような悲しい空気。

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公開初日、観てきました、映画『溺れるナイフ』。

感想やネタバレ込みのあらすじを書こうと思っても、ペンが…いや指が、キーボードを押す指が、進まない。何をどう書いていいのか分からない。そんな感じです。

それは決してこの映画が難解だからとかそういうことではなくて、途方も無い熱量とエネルギーに触れてしまって、完全に自分の中でキャパオーバーしてしまったから。
なんだかすごいものに触れてしまった、観てしまった。でもそれを上手く言語化出来ない。はじめてロックバンドのライブを観たあの衝撃に似ています。

ちなみにぼくは原作漫画未読組なので、フラットにこの作品を鑑賞することができました。原作ファンの方がこの映画を酷評するのもたしかに分かります…。

映画『溺れるナイフ』を観る前に書いた記事がこちら↓

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映画『溺れるナイフ』とは本当に“映画”なのか?

最初にいきなりアホみたいなことを言いますが、そもそもぼくがみた『溺れるナイフ』とは本当に映画だったのでしょうか…。
なんというかあまりにも生々しくて、リアルとかそんな言葉だけでは済まされない緊迫感や切迫感、いまを生きる少年少女の焦燥感が画面から伝わってきました。

俳優さんたちの熱演、というにはまた少し違うと思うんです。
夏芽やコウがそこで本当に息をして言葉を発して、生きている。
そんな風に感じました。

山戸監督の作品は、演じてる女の子の“他人事じゃなさそう感”が半端ないように思えて。普段も言わないくらいの本音を台詞として言っているとしたら、それは、えらい状態じゃないですか。それって、むしろ、日常生活のほうが演技ってことになる。
 

そう、まさにこんな感じでした。

 登場人物全員の“本当にそこに居る感”

上でも少し書きましたが、登場人物が登場人物ではないというか、本当に自然なんです。これは演技力どうこうではなくて(もちろん皆様お上手)、コウも夏芽も大友もカナも広能も、全員本物で、そこに居るんですよね。

役を演じているという感じがしない。

だって、小松奈々が不格好に地団太踏んで駄々こねても、何一つ不自然に映らないなんて異常ですよね。

そして特に大友役の重岡大毅は素晴らしかった。もう完全に“素”であり“大友”でした。

オールロケ撮影ということもあって印象に残る風景も多くて、コウや夏芽が本当に浮雲という町で暮らしている感じがよく描かれていたと思います。

映画『溺れるナイフ』あらすじ

15歳の夏。東京から遠く離れた浮雲町に越してきた、人気モデルの望月夏芽。
退屈でウンザリするようなこの町で、夏芽は体を貫くような“閃光”と出会ってしまう。それは、コウと呼ばれる少年・長谷川航一朗だった。

傲慢なほどに激しく自由なコウに、反発しながらも、どうしようもなく惹かれてゆく夏芽。
コウもまた、夏芽の美しさに対等な力を感じ、やがてふたりは付き合いはじめる。
「一緒にいれば無敵!」という予感に満たされるふたり。
しかし浮雲の夏祭りの夜、全てを変える事件が起きるのだった―。

失われた全能感、途切れてしまった絆。
傷ついたふたりは、再び輝きを取り戻すことができるのか。
未来への一歩を踏み出すために、いま、ふたりがくだす決断とは―

映画『溺れるナイフ』ネタバレ

※ここからはネタバレです。

失われた無敵感、コウと夏芽にかかった解けない呪い。

 全てを変えてしまった事件。コウと夏芽が15歳の夏におこった、夏祭りでの事件。喧嘩火祭りと呼ばれる最古の祭り、神主の跡取りであるコウが1年で最も輝く日。
2人にとって特別なこの日、夏芽は強姦未遂にあってしまう。コウは夏芽の元へと駆けつけるが、中年の犯人たった一人にボコボコにされてしまう…。
無敵だと思っていたコウは血と泥で汚れ、子供のように泣きじゃくる。気高く誇り高いはずのコウは実はまだ15歳の少年で…

一緒にいれば無敵という予感は消え去り、光を失った二人は別れてしまう。

大友との椿色の恋 消えゆくモデルとしての価値。

 時は経ち、高校へと進学した夏芽。しかしあの日の呪いは未だ解けず、闇の中に深く沈んだままの夏芽。そんな夏芽に優しく手を差し伸べる大友。
一方、コウは地元のヤンキーと連み喧嘩に明け暮れる荒れた日々をおくっていた。コウもまた、あの日の呪いは解けないまま。

大友の優しさに惹かれ付き合い、普通の女子校生の恋愛をはじめる夏芽。
普通の女子校生にも慣れ、大友とそれなりに幸せな日々を送る夏芽。
そこに元マネージャーから一本の電話が。“広能が映画を撮るから、是非夏芽に出演してもらいたい” 早速映画のシナリオが送られてくるが、そのシナリオの冒頭は強姦シーンだった…
数日後、夏芽の下校時に急に現れた広能。夏芽を訪ねて浮雲くんだりまでやって来たのだという。普通の女子校生になってしまった夏芽にガッカリする広能。

今の彼氏とお幸せに、お元気で、もう会うことはないだろうけど。」

そう言い残して去っていく広能。自分にはもう商品価値はないのだと、そう言われどうしようもなく悔しくなる夏芽。

神さんとの再開、そして別れ。

 雨の中『月ノ明リ神社』へとやってきた夏芽。「私の居場所はどこなのか、もう一度わたしの神様に合わせて」 そう神様にお願いする夏芽。
と、そのとき石段をよろめきながら上がってくるコウ、傷だらけで今にも倒れそうなコウ。神社脇の、コウが寝泊まりしている小屋へと入る二人。コウと夏芽はキスを交わし、床へと横たわる…大友を裏切ってしまった夏芽。

夏芽はコウに「この町から出よう」そう提案する。しかし、「会うのはこれで最後だ」 と、断るコウ。「おれを追い越してくれ」そう言って折りたたみナイフを夏芽に渡すコウ。

その夜、大友に別れを告げる夏芽。「ずっと友達や」そう言って握手しる夏芽と大友。(大友ほんまえぇやつ)

呪い再び、最後の喧嘩火祭り。

 明日、東京へと戻る夏芽。
最後の晩はコウの雄姿をこの目に焼き付けようと『月ノ明リ神社』のあの小屋へとやってくる。ここからはコウの雄姿がよく見えるから。一方、山のふもとではカナが不審な男を目撃していた。もし1年前のあの男だったら…そう思い、コウへと知らせるカナ。すぐさま駆け出すコウ。
 開く『月ノ明リ神社』の小屋の扉。そこに立っていたのは、一年前のアイツ(犯人)だった。コウから渡された折りたたみナイフで抵抗するもすぐに叩き落とされてしまう。必死に助けを呼ぶ夏芽…気を失う夏芽。

コウが助けてくれる夢をみた。
コウがアイツをボコボコにぶん殴る。
「殺して!そいつ殺して!」そう叫ぶ夏芽。
そいつがいる限り呪いは解けないから…。

目を覚ます夏芽、小屋には一人。
「なんだ夢か…」そう思うも小屋には生々しい血の跡。そして無くなっている折りたたみナイフ。
夢じゃなかった…夢じゃなかった…

神さんの海へ、呪いを沈める。

カナから事情を聞いた夏芽。アイツは自分で自分の首を切って命を絶った。
「ここで死んだらぼくは夏芽ちゃんの影となる。そうすれば夏芽ちゃんはもうずっとぼくのものだ」そう言い残してアイツは死んだ。

明日、ナイフと一緒にアイツも海へと沈めることを伝えられる夏芽。

最高のラストシーン
~幸せの絶頂のような笑顔と、死の瀬戸際のような悲しい空気感~

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再び時は流れて、国際映画祭で主演女優賞へと輝きたくさんのフラッシュを向けられて、数えきれないほどの賞賛を浴びる夏芽。

“みんな知らないでしょ?コウちゃんはもっとすごいんだ!”

夏芽は心の中でそう叫ぶ。

ー私の閃光、雷、美ー

ラストシーンは、映画のポスターにもなっている浮雲の海沿いの道を二人バイクで駆け抜けるシーン。ワンカット長回しのラストシーン。

夏芽、おれはここでずっとここでみてるから、お前が天下取るところを見せてくれ。

「はじめて会ったときからお前はおれの衝撃じゃけぇ」
「おれは一生お前の味方じゃけぇ」
「お前の好きに生きて、一生おれをざわつかせてくれや」

この記事の題名にもした、「幸せの絶頂のような笑顔と、死の瀬戸際のような悲しい空気」とは、菅田将暉がパンフレット内のインタビューで発していた言葉だが、本当にその通りのラストシーンだった。

一瞬の美、十代だけに許された、この世の全てで一番美しく正しい恋。
それを見事に切り取り映像化してみせたラストシーン。素晴らしいとしかいえない。

そして流れる、コミック・ジェネレーション。
一人だけ 一人だけ 世界でたった一人だけと
愛し合う事ができるならば
僕らは何もいらないのだ神様 僕らは迷わない
僕らは 二度と迷わないそうだ そうだ 今夜僕らはこの世界の
誰よりもふまじめなキング
そして… わがままなクイーン!
愛も平和も欲しくないよ
だって君にしか興味ないもん
我こそは恐るべき人類
コミック・ジェネレイション

コウと夏芽のための曲。

映画はエンドロールが終わるまで。

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あとがき

ぼくはこの映画を“自分ごと”としては観れませんでした。面白くなかったとかそういうことではなくて。

濁流のように激しく流れるコウと夏芽の運命、恋。
二十代のぼくはこの流れに触れることは出来ません。この流れと一緒になることは出来ないんです。ただ、川の岸から二人の濁流を眺めることだけしか出来ないんです。二人の流れと一緒になることができるのは、いま、十代を生きる少年少女だけなんです。

よくある大衆恋愛映画を期待していくと二人の濁流に、閃光に、眼を背けてしまうかもしれません。たぶんレビュー評価が悪いのはそのせいでしょう。
賛否両論は、時代を変える名作には付き物です。だから、その他大勢の声だけを聞いて判断するのはやめましょう(もちろんこの記事だけを信じるのもNG)

正直、分かりやすい作品ではないし、説明を大幅に省いていて、ん?と感じる場面もかなりありました。100点満点の映画ではないと思います。

だから、「これ絶対観た方がいいよ!」なんて軽々しいことは言えませんが、でもぼくは、今この時代にこの作品を観れてよかったと心から思いました。

詞のように優しく絵画のように美しい、映画。そんな映画、人生でそう何本も出会えるものではありませんから。